【ISNA/etc】リン・エドワード・ハリスという俳優をご存知だろうか。彼は人生のある時を女性として、またある時を男性として生きてきた。彼は決して女装趣味の倒錯者でも、トランスセクシュアル(性転換者)でもなければ、むろん変質者でもない。彼は人生のその時々に応じて、舞台で誰かを演じるように、その都度自身の性別を「仮定」し続け、両性の間を揺らぎ続けてきたのである。若い頃、ハリスは母親の反対を振り切って地元の美人コンテストに出場し、トロフィーを手にしたこともある。「自分が"女の子として"達成したことは、今でも自分の誇りです。」(写真は19世紀の半陰陽者として知られたボビー・コーク)
あるときは彼に歩みより、その性別を尋ねた男に、罵倒を浴びせたこともある。「大馬鹿野郎、と言い放って、私はその場を立ち去りました。」そう語るハリスは、男でもなければ、女でもない。ハリスにはペニスがあり、そしてヴァギナがあるのだ。つまり、彼は男性であり、女性でもある — そして同時にそのどちらでもない — 両性具有者として生まれてきたのである。
ハリスが生まれたとき、彼のペニスは小さく隠れていたため、両親と医師の判断により「女の子」と”決定”された。彼は他者によって決定された性を自らの性別と信じ、以後二十数年間を女性として生きたのである。しかし、ハリスには悩みがあった。第二次性徴がなかなか起こらないのである。ハリスは女性 — それも目立つ程に美しい — であるにもかかわらず、なかなか乳房が育たない、月経がない、妊娠しない、更には髭が生えるといった悩みを抱え、あるとき、とうとう医師に相談した。
そして1973年11月、ハリスは衝撃の事実を知らされることになる。ハリスはそもそも女性ではなかった。しかし、男性でさえなかったのである。ハリスは25000分の1という確率で発生するという生腺モザイクの症状(スタイン・リーヴェンサール症候群)を持って生まれた「真性半陰陽者」だったことが明らかにされたのである。(写真左は氏が16歳のとき、右は39歳のとき。より詳しい写真はこちら)
かくして1979年2月、ハリスはから自分が女性であることに対する違和感をいよいよ隠せなくなり、「男性として」生きていくことを決意した。
しかし、その後もハリスの受難は続いた。彼は社会的に男性として振る舞いながらも、所有する身分証明書の性は女性だった。そのため、幾度となく偽身分証明書所持の嫌疑をかけられたのである。そのため、彼は裁判所に、当時まだほとんど前例のない自らの性転換を申請した。まず自分のミドルネームをエリザベスからエドワードへ変更し、出生証明書の性を女性から男性へと変更する請願書を提出したのだ。そしてどうにか請願は受け入れられ、ハリスは男性として、新たな人生の幕が開かれたのである。
ハリスは現在、自らの半生を綴った自伝を出版し、積極的に間性、インターセックスの社会的認知を得るための活動を行っているという。
人間の性は、受精した卵が分化、成長していく諸段階で決定される。第一の性は、卵と精子が結合した瞬間に決定される「染色体性」ないし「遺伝性」である。そして次に受精卵が卵分割を起こし、徐々に器官を形成していく過程で性腺が形成され、「性腺性」が決定される。すると今度は染色体、性腺の影響下で更に分化が進み、内性器、外性器の形成と共に性が決定されていく。半陰陽はこの「性腺性」段階以降の分化過程において発生する異常が原因であるとされている。以下はこれら半陰陽や間性の原因となりえる主な症候群である(写真上は女性、陰核肥大し、男性器の相を呈している。下は男性、胸が女性化している)。
クラインフェルター症候群・・・・通常の男性の染色体がXY、女性がXXであるのに対し、二つ以上のX染色体、すなわちXXYもしくはXXXYなどの型の染色体を持つ。外見的には男性であるものの、無精子症や女性的な乳房を持つ症状が現れる。また身長は平均よりも高くなると言われている。
ターナー症候群・・・・単一のX染色体のみを持つ症候群で、女性において発生し、性腺の発育障害を特徴とする。その為、第二次性徴などが見られず、乳房や陰毛、腋毛が発育せず、また月経、初潮がないといった症状が起こる。
先天性副腎皮質過形成(副腎性器症候群)・・・・副腎皮質の機能が亢進し、男性ホルモンを過剰に分泌して性器に異常を引き起こす症状。男性の場合は早熟の傾向が見られ、女性の場合は、陰核(クリトリス)肥大などによって外陰部が男性の陰嚢のような形を形成する場合がある。その為、女児が男児と間違われて育てられることがある。統計的に、レズビアンの傾向を示すとも言われている。
睾丸女性化症侯群・・・・遺伝子型はXY(男性)を示すものの、男性ホルモンの受容障害から表現型が女性となる。すなわち、外性器が女性型で、乳房の発達などが発生する。しかし月経などは発生せず、また妊娠や出産はできない。
非完全睾丸女性化症侯群・・・・女性として出生するが、第二次性徴期頃に、突然男性の外見的特徴が見られるようになる。そのため、陰核肥大が起こり、小さなペニスのような形をを形成(矮小陰茎)することがある。また声変わりや髭、胸毛の発達など生じる。
メイヤー・ロキタンスキー・キュスター・ハウザー症候群 (ロキタンスキー症候群)・・・・遺伝子型は女性であるものの、ヴァギナや子宮頚部、子宮、卵管などが欠損する症候群。ヴァギナのみが欠損する膣欠損症も含まれる。
総排泄腔外反症・・・・骨盤全体の奇形を原因とし、しばしばペニスが欠損する症状などが起こる。こうした症状を持つ幼児は生後間もない段階で女性へと性転換が行われる場合もあるが、遺伝子型は男性であるため、問題は多い。
尿道下裂・・・尿道の奇形で、尿道口がペニスの下部や、陰嚢の下などに位置する症状。また、肛門と陰嚢の間(会陰部)に尿道が現れる場合もあり、その場合ペニスは肥大したクリトリスのように、また陰嚢はヴァギナのようにも見えるため、出世時に男性か女性かを見分けることが困難な場合がある。
現在知られている半陰陽の分類によれば、半陰陽には少なくとも3つのタイプが存在するといわれている。まず一つめのタイプは、擬似半陰陽(仮性半陰陽)で、これは男性擬似半陰陽、そして女性擬似半陰陽の2つに分けられる。また現在、両性具有と呼ばれる人々の多くが、実際にはこの擬似半陰陽にあたると言われている。
擬似半陰陽においては、人物の性的特徴はどちらかに比重がおかれているものの、その外性器は未発達の状態であったり、奇形の結果として、異性のものを含むことを特徴としている。それは例えば未発達の陰嚢が結合して女性外陰部のような形を形成したり、逆に極度に肥大したクリトリスがペニスのように見える(写真)といった現象である。またそれとは異なり、完全に女性器を持っていながら、卵巣の代わりに精巣、睾丸を持っている男性や、ペニスを持ちながら卵巣と卵管、子宮を備えた女性(ギュナンドロイド)も存在している。
こうした症状は現在でも数多く報告されており、例えば近年にも、中国において、ペニスが隠れた状態(異所性睾丸)になっていたため、13年間に渡って少女として育てられた少年のケースなどが報告されている。しかし多くの場合、これらの擬似半陰陽者はその性別を幼少時に両親、あるいは医師などから決定され、それに従って成長することが一般的であるものの、上述のハリス氏のように、成長の過程で自らの性別を再認識し、社会的な性別と生物学的な性、そして個としての性決定という問題で悩むものは多い(参考:13年間、ペニスが隠れて女の子と間違われていた少年)。
また19世紀、欧米諸国で見られた見世物小屋には「身体ひとつに兄と妹」などと喧伝された有名なモンドゥやボビー・コーク(写真一番上)をはじめ、擬似半陰陽者が多数、見世物として働いていた例もある。彼らの身体は、片方の身体は男、片方の身体は女、といったように髪型や体型で男女左右半々とし(例えば右手は筋肉隆々、左は女性のようにか細い。右胸は平たく、左胸の乳房は女性のように膨れているといった状態である)、半陰陽者として見るものを驚かせたが、実際のところ、彼らのほとんどはその「最後の露出」を拒んだため、本当に半陰陽者であったのか、あるいはただ女性的な顔つきの男が女装しただけのドラッグ・クイーンであったのか、定かではない。
一説には彼らは男性や女性であったものの、身体のアンバランスを作り出すべく身体の片側だけを発達させるように訓練を積み、シリコンを注入して胸を膨らませていたとも言われている(前述、ボビー・コークの場合は、"Pull back"、即ち、ペニスを肛門に向けて折り曲げ、それをテープで止めていただけだったと言われている)。
3つ目のタイプがそれぞれ男性、女性の外性器、身体機能を完全に備えた真性両性具有(真性ヘルマフロディスム)である。こうした完全型半陰陽は非常に数が少なく、たとえペニスとヴァギナが両方存在する場合でも、そのパーソナリティにおいては成長過程においてどちらかの性的比重が大きくなる(そこには当然性の決断を迫る社会的圧力がある)、あるいは選択されているため、例えば性行為において男女両方の役割を果たせる程の、真性半陰陽のケースはほぼ存在しないとも言われている。
例えば現在、インターネット等において両性具有者が登場するポルノビデオや写真は多数存在しているが、真性半陰陽者としてネット上でインターセクシャルコミュニティのサイトを運営していた故ベルダーシュ・ジョルダン氏は、そうしたビデオに登場する半陰陽者は、「人工ペニスをつけた普通の女性であるか、(男性から女性への)性転換者が性転換直前に撮影したものである」として、そのほとんど全てが写真家らによる捏造であると断じている(ベルダーシュとは北米に暮らしていたインディアンの女装するシャーマンの名に由来している)。
氏はその理由として、例え両性の外性器を保持している場合でも、多くの場合においてそれらは「望ましくない位置にある」ほか、特に現在ではそうした半陰陽者は幼少の段階で、医師による処置(すなわち第三者による性決定とそれに基づく手術)が行われることから、成人となって両性の外性器を器用に使い分けるようなセックスは実質的に不可能であると記している。
しかし、医学史上においては、これまで男女両方の性行為が出来る、完全な両性具有者のケースもわずかながら存在している。その様子は、米国の医学論文誌に以下のように伝えられている。「その人物は14cmのペニスと8.5cmのヴァギナ、そして陰嚢と卵巣を持ち、月経と同時に勃起したペニスから射精を両方行うことが出来た。彼の存在は警察を通して医師たちの知るところとなった。彼は18歳の時に売春で逮捕され、釈放された数日後、今度は、強姦罪で逮捕されたのである」。
また、インドには昔からヒジュラと呼ばれる半陰陽者の共同体(現在では性転換者や、去勢者、同性愛者などが多い)や、また17世紀のローマにもやはり男女両方の役目を果たす半陰陽者の売春者が集う洞窟が存在し、摘発され、火あぶりにされたという記録も残されている。大航海時代に記されたいくつかの冒険譚には、「男性がある時期になるとみな女性のようにになる部族」や両性具有者ばかりの部族などを見たとする記録が記されているが、現在、これらの記述が真実であるかどうか、確かめる術はない。
こうした両性具有のコンセプトは、古代から様々な形で存在している。中でも有名なものとして、ギリシャ神話における両性具有の神ヘルマフロディトスの逸話がある。オウィディウスは「転身譚」でその逸話をほぼ次のように記している。
"ヘルマフロディトスはヘルメスとアフロディテとの間に生まれた美しい子で、15歳のときに旅に出た。リキュアを訪れたヘルマフトディトスは、そこで泉の妖精サルマキスに出会った。ヘルマフロディトスの美しさに見とれ、自分のものにしたいと考えたサルマキスはしつこくヘルマフロディトスに愛を求めたが、彼はそれを理解せず、拒否し続けた。
そしてある日、リキュアの泉でヘルマフロディトスが泳いでいると、サルマキスは泉に飛び込み、彼に抱きついた。サルマキスは彼と永遠にひとつの体になれるよう神に懇願すると、神はその願いを聞き届けた。そして以来、二人の体はひとつとなり、ヘルマフロディトスは両性具有となったのである。"(写真はルーブル美術館に所蔵されるヘルマフロディトスの像。後ろ向きに設置され、後ろから見る限りは女性、しかし裏(つまり体前面)にまわって股間を見ると、そこには男根が存在している)
古代ギリシャの哲学者、プラトンは「饗宴」の中において、人間の原初の姿を両性具有者に求めている。プラトンは、人間はもともと全て両性(アンドロギュノス)であり、その身体は球体のように丸く、4本の手と4本の足、首の上にはそれぞれ反対を向いた二つの顔を備え、背中に男性、女性の外性器をもっていた、と描いている。しかしその力を奢った人間は神々と戦って天界へ登ろうとしたため、ゼウスはその身体を二つに引き裂いた。そして以降、人間はともにその片割れを求め、惹かれあうようになった、と記述している。
またこうした両性具有を調和の美、そして理想の姿とみなす思想は中世へと受け継がれ、両性具有信仰と神話化の一助を果たしている。四世紀の聖グレゴリオスは、創世記において、「(女性である)イヴがアダムの肋骨から作られたこと」を指摘し、さらに「神は自分に似せてアダムを作った」ことを理由に、アダムは両性具有であった、とする説を唱えた。また中世においては、マリアの処女懐胎を両性具有をもって説明する説が唱えられ、それらを信じる者たちによって女装などが流行したが、それらの多くが異端として火あぶりの刑に処されたという。
しかしそうした思想は半ば秘教となってその後も引き継がれ、錬金術師達の思想にも大きな影響を与えた。一方では、中世の啓蒙主義の影響を受けた医師らによって、それら両性具有者の神秘性、そして神話を、科学の力で何とか打ち壊すべく、様々な推測がなされた。しかし皮肉にもそうしたいたずらな解釈が、更に誤解を生んだ。医師らが唱えた説ははいずれもいい加減な — 妊娠中におなかにショックが与えられた、精子の量が足りなかったといった — もので、結果、彼らは呪われた奇形として、その神秘性さえいたずらに剥ぎ取られ、更に社会の隅に追いやられることになったのである。
こうした両性具有の逸話はヨーロッパだけのものではない。例えば北米インディアンのナバホ族においては、古来から両性具有は「Nadle」と呼ばれ、聖なるものとして信仰されていた。また実際に両性具有が生まれると両親は喜び、彼らは社会に富と幸福をもたらすとされていたのである。多くの場合において、そうした両性具有者は、両性的な生産力(繁殖力)があるとみなされたことから、一家の家長とされた。また両性具有者は男女の間で揉め事が起こった際の調停を行い、更には病気などに対する治癒能力があると信じられていたという。
パプア・ニューギニアのサンビア族は、世界を作ったのは小さな胸と小さなペニスを供えた、第三の性に属する神「Kwolu-aatmwol」であると信じられていた。同じくフア族、ビミン・クスクスミン族の間にも同様の信仰は見られ、彼らは第三の性を普通のものとして受け入れていたという。同様の信仰はタヒチのマフ族の間にも見られる。
またドミニカ共和国のいくつかの村には、「Guevedoche」と呼ばれる性が存在し(遺伝的には男性で、矮小陰茎の症状を持つ)、彼らは女性として育てられ、14歳から16歳のときに男性へと社会的性転換を遂げる。しかしこれらの村においては、両性具有は何ら特別な存在として崇められることはなく、「普通」の人間として存在しているのである。
両性具有の存在意義はその社会において非常に多様である。彼らは時に人々を魅了し、恐れさせ、崇められてきた。人々は男性と女性の間にある「理想の姿」、そしてあるいは「不安定な姿」である彼らの中に、異常と調和、そして美と醜悪という相反を見続けてきたかのように。18世紀、両性具有者を神秘の舞台から引き摺り下ろそうとした医師たちは、両性具有者が生まれる度、その性別を巡って — 「この子は男か、女か?いや、問題はそのどちらであるべきか」 — 延々と議論を行ったという。すなわち彼ら両性具有者に「第三の性」は認められず、男女どちらかの性を強いられ、それを背負って生きていくことが、義務付けられていたのである。
そして今日、我々の性別が社会的に決定されるのは出生届けが行われるその時である。その性は我々が生まれた後(あるいは生前のエコー検査で)、医師によって - 多くの場合は外性器からなる判断の元 - 自らの意思とは別に決定され、それを自らの性別として一生を生きていくことが「普通」であるとされている。しかし今日、それら「普通」から「逸脱」し、自身の性に対する違和感を訴える人は増加し続けている。中には医学の力を借りて性転換する者も決して少なくはない。
しかし彼らに対する社会の目はあたかも中世のそれと何も変わっていない。「男女」という定められた枠組みから外れた彼らをどう扱うべきかに悩み、「彼は男であるべきか、女であるべきか」とした二元的な議論が相変わらず続けられているのである。現在でも、こうしたインターセックスへの社会的理解は乏しく、あたかもそれは「神秘の存在」として、あるいは、「人間のあるべき姿」から外れたものとして、 — 中世と何ら変わることなく — 秘匿され続けている。
【参考1】日本インターセックス・イニシアティヴ | 性は「男と女」に分けられるのか | 「性転換治療の臨床的研究」に関する審議経過と答申 | ベルダーシュ | 性の境界
【参考2】男でも女でもない性・完全版―インターセックス(半陰陽)を生きる | 性のグラデーション―半陰陽児を語る
- 両性具有―ヨーロッパ文化のなかの「あいまいな存在」の歴史
- IS―男でも女でもない性 (1)
【参考2】性のアウトサイダー(コリン・ウィルソン)より
(女装趣味の服装倒錯者であったシャーロット博士の説からの引用として)男にも女にも、磁石のように引き付ける力をもった強力な異性的要素がある。言い換えると、男はすべて女になりたいという深い無意識な願望を抱いており、同様に女はすべて男になりたいという強い衝動を抱いている。