X51.ORG : Occult News for Nerds, Truth is Out There.
HOME > ART > Article

"死体なき国の死体写真家" — 釣崎清隆インタビュー

tsurisaki0.jpg死体写真家、釣崎清隆氏が活動を始めたのは1994年に遡る。90年代のいわゆる“悪趣味”ブームを代表するエログロ雑誌、『TOO NEGATIVE(トゥ・ネガティヴ)』を刊行しようとしていた編集者、小林小太郎と出会った釣崎氏は、小林の薦めるままにタイへ。しかしそこで目の当たりにした死体に”目が眩んだ”釣崎氏は、以後死体写真家として本格的な活動をスタート。これまでコロンビア、メキシコ、ロシア、パレスチナなどの世界の危険地帯で死体写真を1000体以上撮り続け、今では"世界で最も死の現場に立ち会っているアーティスト"として世界的にその名を知られている。

以下は、今月27日、過去13年に及ぶ活動の集大成的ドキュメンタリー作品『ジャンクフィルム(JUNKFILMS)』(販売アップリンク)を発表した、釣崎氏へのインタビューである。実に4時間に及んだインタビューは、各国の死体文化を軸に、戦場カメラマンの実情、キルリアン写真、クラブきっず事件、ピーター・ウィトキン、メイプルソープ裁判、食人族、Ogrish.com、猥褻規制など様々なテーマを含む、膨大かつ興味深いものとなった。

※以下本稿内の写真は、全て釣崎氏の『ジャンクフィルム』より。画像をクリックすると、それぞれ拡大されます。

死体は戦場よりも都市の中に

turisaki1.jpg── 釣崎さん(写真)は死体を撮影するために、世界中の危険地域ばかり選んで取材されてますが、いっそ戦場カメラマンになろうと思ったことはないんですか?

釣崎 まったくないね。そりゃ、戦場にも行くよ。でも死体を撮るっていう意味では、戦場は効率がそんなに良くないんだよ。

── それは、危なすぎて現場に行けないという理由ですか?

釣崎 まあそういう部分もあるけど、基本的に戦場っていうのは暇な場所なんだよ。

── 暇なんですか。戦場と言えば、普通、弾丸が飛び交ってるイメージがありますが。

釣崎 もちろん弾丸が飛び交うから戦場なんだけどね。そうなるまでに何ヶ月も待たないと行けないことだってあるから。911の後のベツレヘムを取材したときなんか、そりゃもう夜も眠れないくらいうるさくて、24時間体勢でドンパチやってたけどね。

── それでも死体はないんですか。

釣崎 死体、ないね。1日5人くらい。昼夜なく市街戦でガンガンやっててもそんなもんだったりする。そりゃクラスター爆弾とかさ、化学兵器とか大量破壊兵器が使われれば一気に何百、何千人と死ぬわけだけど、それが50km先の町だとか聞いて必死こいて現場に駆けつけても、到着したときにはもうすっかり遺体が片付けられてたりする。まあ移動は基本的にするもんじゃないよね。とにかく戦闘が散発的に起こるからさ、遠く離れた国でニュースで見てる分には、戦闘が間断なく続いてるように見えるんだけど、現地にいると、一発ドカーンってあったら、それっきり一週間銃声も聞かないとか、そんな感じだからね。

── 戦場に死体がない、というのは意外です。とすると、いわゆる戦場カメラマンっていうのはどうやって撮ってるんですかね。

釣崎 うん、だから彼らは死体は撮らないわけじゃん。やっぱり兵士だったり、子供たちだったりするわけじゃない。俺はそれには興味ないから・・・いや、なくはないんだけど、戦場の子供たちなんて、それこそ藤原紀香でも撮れるんだから。といいつつ俺も子供は撮るけどね。

turisaki11t.jpg── そこまで行って暇ならば、副業的に戦場カメラマンとして活動してみようとは思わないんですか。

釣崎 いや、あの世界っていうのはほんとに閉鎖的というか、シビアな世界なんだよ。フリーがまともに仕事するのは難しいね。みんな縄張りをもってて、それを侵すと嫌がらせされたりね、誤った情報を吹き込まれたりすることもある。情報を共有して広く世界に問うてこそのジャーナリストだろうって思うけど、フリーだとまず仲間だとは思ってくれないんだよ。で、フリーはフリー同士でチームをつくって行動したりするわけだけどね。でも、気持ちは分かるんだよ。だってさ、バックパッカーに毛が生えたようなフリーのカメラマンなんて、ずっと1カ所に張り付いて取材してる通信社の記者からしてみれば、はた迷惑なんだよ。

その現場の作法とか、現地のローカル・ルールとか、知らないからね。実際に昔、人を殺しかけたこともあるよ。一緒に行動してたカメラマンに、撮るなって言われた死体があって、俺はいい気になってそれ撮っちゃったんだけどさ、それで一斉に民兵4人にAK47の銃口を向けられて、俺と一緒にいたカメラマンも奴らからすれば同じ仲間に見えるわけじゃん。俺だけならまだしも、親切に立ち回り方を教えてくれたカメラマンも一緒に殺されるところだったよ。逆の立場だったらたまったもんじゃないよ。まあ、そのときは民兵と口喧嘩だけですんだけど。

あと、戦場に行くとジャーナリストはほとんど防弾チョッキを着てるけど、俺は男気で丸腰だ、なんてのは絶対に通用しないから。でもとりあえず仕方ないから無防備のまま取材に行くじゃん。で、取材地で戦闘が始まったら、無意識のうちに近くにいた防弾チョッキ着てる奴を“盾”にしながら写真撮ってる自分に気付いてみたりしてね。基本的にカメラマンって、写真を撮ってるうちは何をやっても正当化されると思ってるだろ?

── なるほど。でも釣崎さんのように、戦場カメラマンでもなく、アーティストとして死体を撮るために戦場や海外に行く写真家って、世界的には他にいるんですか。

釣崎 いないだろうね。俺は知らない。タイやメキシコの死体カメラマンも国内だけだよな。だからどこに行っても奇妙に見られるというか珍しがられる。戦場カメラマンとも、タイ、メキシコの死体パパラッチとも違う。

── 釣崎さんは今回の『ジャンクフィルム』でも色んな現場で死体を撮影してますが、例えば戦場であれ、町の中であれ、死に方や遺体の状況に関わらず、等しく死体として写真を撮れるんですか。

釣崎 そんなわけないじゃん。

── 例えば戦場のように、人が死ぬ必然性がある場所には魅力を感じないとか。

turisaki5t.jpg釣崎 いや、俺が戦場にいつかないのは、ほんとに死体が撮れないからだよ。むしろ都市の方が撮れる。あとは、戦場ってめちゃくちゃ金がかかるんだよ。だから知り合いに何人か日本人の戦場カメラマンもいるけどさ、みんなテレビ局から金引っ張って行くわけ。そして、戦場で慣れないビデオカメラを回し、やりたくもないレポートまでやらされるわけだよ。スチール・カメラマンなのにね。まあ彼らはジャーナリストだから、好き好んでレポートしてるのかもしれないけど、俺はイヤだね。テレビなんかに頭下げて利用されたくないし、テレビの金を充てにしないと自分の本来の仕事ができないっていうのがイヤだ。それも基本Vカメ優先で撮れってことだろう? 

やっぱ戦場カメラマンっていうのは、俺とは決定的に人種が違うと思う。彼らの多くはむちゃくちゃモラリストだからね。何の衒いもなく正義を声高に叫ぶし。いや、それはいいんだよ、全然。尊敬もするしさ。うざいけど基本的にはあるべき方向だと思う。そうかと思うと、10人に1人くらい、やくざなね、格好だけのさ、ハンティング・ワールドなんか着て、いいカメラを何台も首からぶらさげた、絵に描いたような悪いカメラマンがいるんだよ。

── 戦場でハンティング・ワールドはまずいですね(笑)

釣崎 典型的なやばいところに行けば行くほどさ、そういう漫画みたいな奴がいるんだよ。最前線なんかさ、銃弾くぐり抜けてやっとこさ前線に出たと思ったら、年寄りの有名なカメラマンばっかなの。みんな防弾チョッキなんか着てないで白いシャツ1枚で自由にのびのび撮影してるわけ。それこそ弾の方が彼らをよけてるような、なにか山奥で神仙かなにかに出会ったような妙な気分だったよ。

行き当たりばったりで死体を見つけることなどない

turisaki3t.jpg── 釣崎さんは、現地に行く前に下調べとかってするんでしょうか。例えばベタですが、地球の歩き方なんかも持って行くわけですか。

釣崎 うん。今まで行った国のやつは全部持ってるよ。まあ、地球の歩き方に限らず下調べはわりとするね。行き当たりばったりなんて絶対に無理だよ。あれもそうとう情報が無茶苦茶だけどさ、結局あれしかなかったりするんだよ。

── 確かに国によっては情報が数年前のまま止まっていたりしますね。ロンリープラネットなんかもありますが、あれは情報が充実してる反面、写真がないので、現地のイメージとか分かんなかったりしますね。

釣崎 うん。俺も両方見たりするけど、結局あれの構成とか色とかに慣れちゃってるからね。でも情報はむっちゃくちゃだよ、あれ。

── もっとも釣崎さんの行く場所は、だいたい地球の歩きたくない、というか歩けない場所がほとんどですが・・・

釣崎 はじめてコロンビア行った時(1995年)なんて情報が何もなかったから、当時コロンビアは『南米 II』のくくりで申し訳程度に紹介されてるくらいで、ほんとに、何もないよりはマシっていう程度だったよな。だいたい外務省が渡航の自粛を呼びかけてる国なんだから、ガイドブックがあるなんていうのも変な話なんだけどね。最初行ったときなんて(ガイドブックと)あまりにも違ってたから、びっくりしたよ。訴えてやろうかと思ったよ。

── そういう場合、何の情報もなしに行って、いきなり死体を見つけてしまうことはあるんですか。

釣崎 ないない。それはね、どんな危ない国だろうと、ない。基本的に俺は自分がそんな運のいい男だと思ってない。むしろ死体に縁がない方かもしれない。コロンビアに行った途端に神戸で地震が起きたり、タイに行った直後に地下鉄サリン事件が起きたり。わざわざ海外に出なくても日本で写真が撮れそうな機会をいつもはずしてる。コロンビアに着いて、いつも世話になってる現地のタブロイド紙の編集長に、「土産はコーベの写真なんだろう?」なんて期待感たっぷりで聞かれて、俺はほんとに自分の不運を恨んだよ。また新聞の1面に大きく掲載するつもりでいたらしいんだ。

turisaki8.jpg── でも先日も樹海に入ってすぐに死体を撮ってきたそうですが。

釣崎 もう何年もこの仕事やってるから、そりゃ撮れるよ。こういう仕事をしていて一番ものをいうのは、なんといっても経験の蓄積だね。戦場でじいさんたちが元気なのも経験の差だね。まあたいがいの国では死体を撮ってこれる自信はあるかな。初めての土地でも、だいたい知ってるパターンのどれかに当てはまる。

── 死体写真家として既に13年も活動されてますが、釣崎さんの後継者とか、憧れて弟子入りする人っているんですか。

釣崎 たまに来るよ。死体写真が撮りたいんですけどっつって写真学校卒業したような若者がね。で、俺のアシスタントからやりたいとか言うんだけど、俺は弟子なんかとらないし、足でまといにもなるしさ。だけどタイなりメキシコなりの信用おける人間を紹介してあげることはできるって、連絡先を紙切れに書いて渡してやっても、行かないんだよな、結局。今まで5人くらいそういう奴がいたけど、実際に紹介したところに行った奴はいないんだよ。どいつもこいつも、甘いんだよ、考えが。英語も満足に話せねえで、俺はお前の通訳じゃねえってんだよ。

── 結局行かないのは、釣崎さんの話を聞いて、現実を知ってしまうからですかね。

釣崎 うん、まあ、でもほんとに行くんだったら絶対に知っておくべき情報だから言うんだけどさ。でもこれから始めたいと思ってる奴は大変だよ。撮れる場所もだんだんなくなってきて、もうだいたい決まってきちゃってるし、最近はDVD付き雑誌が多くて、もはや雑誌の仕事でもスチールだけじゃ仕事が成立しなくて、映像も撮ってこさせられるからね。映像に向いてないカメラマンっているけど、可哀想だよね。たとえばスチールだけの現場だったら撮影中に「すげえ、すげえ」とか喋りながら盛り上がれるけどさ、映像は興奮すればするほど、自分を消さないと画に影響するからね。だからオロスコ(注1)のときはほんと大変だったけどね。俺の場合はもともと映像出身だし、AVやってたから気配を消すとか、そういうのがわりと得意なんだよね。

注1.『死化粧師オロスコ』: コロンビアの最も危険な地区の老エンバーマーを三年をかけて取材、制作した釣崎氏の代表作。 URL:http://www.orozcoelembalsamador.com/

臓器売買とキルリアン写真 - ロシアという国の"特異さ"

turisaki2t.jpg── 今回の『ジャンクフィルム』ですが、個人的にはロシアの映像が印象的でした。子供が偶然部屋に入ってくるシーンは、ある意味で死体よりもショッキングで。

釣崎 うん。でもあれも1ヶ月間も連絡待ちで身動きがとれなくて、結局あの1件だけだったからね。あの現場は1枚の写真では表現できない世界だったから、8ミリ、それもフィルムの方だけど、ムービーで撮影できて、ちょっとは運がよかったかなと素直に思うけどね。それにしてもロシアって変な国だよ。常時2000体の死体を保有している世界最大級のモルグ(死体安置所)に行ったんだけど、そこが身元不明の遺体から角膜やらアキレス腱やら、あらゆる人体パーツを採取して西側の製薬会社と売買していたんだよ。実にこれがロシアでは合法でね。まんまとこの耳寄りな話を聞きつけてきた、何人もの外国人ジャーナリストに何の疑問もなく取材させたんだけど、それが欧米各国のメディアで伝えられるや、たちまち国際問題化してね。そのリアクションで彼らははじめて自分たちの常識がずれていることに気付くわけなんだよ。

── いかにもロシアっぽいというか、素っ頓狂な話ですね。それからロシアといえば、著書にあった、キルリアン写真と死体のエピソード(注2)も興味深かったです。

釣崎 あれは象徴的なんだよね。ああいう神秘主義的なテーマを真面目に研究してみたり、身元不明の死体のパーツを利用して産業にするとか、その現場を俺みたいなカメラマンに撮らせるとか、ロシアでは科学や芸術やジャーナリズムやスポーツが、同じ価値をもつ上部構造として理解されるんだよね。科学者もジャーナリストも芸術家として重要視されて、逆説的だけど、窮屈な国家観に適っている限りは“表現の自由”を認められているわけでさ。芸術、科学が倫理を超越して原理主義的に信仰されるわけだから。その文脈の延長線上に宇宙開発や、UFO研究や、心霊研究や、キルリアン写真があるわけで、ボリショイ・バレエや、オリンピックの金メダリストや、臓器売買される死者がいるわけなんだよね。

tsurisaki14.jpg注2.『死体に目が眩んで―世界残酷紀行』(釣崎清隆著/リトルモア社/2000年)より引用
<<ロシア人科学者キルリアンが発明したキルリアン写真はオーラが撮影できる写真技術ということで有名だが、その技術を死体に応用したコルトフ博士の研究は興味深い。彼はモルグでいろいろな死体のキルリアン写真を撮影し、死後間も無い死体には生体エネルギーが残留していることをつきとめ、死に方によってその様相が違うことを発見した。死体から生命エネルギーが完全に消滅するまでに自然死の場合は三十時間ほどかかり、突然死なら三日、自殺だと一週間もかかるという。また死体は解剖されると生体エネルギーが急激に失われるのだという。>>

アートとしての死体 - ピーター・ウィトキン

── アートと死体といえば、最近中国のアーティストが死亡した胎児の頭部を鳥の胴体にくっつけて作品にしたり(注3)、あと有名どころではアメリカのピーター・ウィトキン(注4)なんかがいますが、彼らの作品についてはどう思いますか。

釣崎 中国人のは見てないから何とも言えないけど、ウィトキンに関して言えば、まあやっぱ骨太な人だな、とは思うね。死体を撮るという点で言えば、ウィトキンなんかは遺族がどう思おうが、私の作品ですからって相手にしないと思うよ。

── ムター博物館(注5)を訪れたウィトキンが、展示されてたホルマリン漬けの幼児を勝手にビンからぼんぼん取り出して撮影し始めたっていう逸話は有名ですね。

釣崎 そうそう。ウィトキンは医師免許持ってるから死体をいじったり、買う権限もあるのかな。でもやっぱり写真家としてウィトキンは凄いと思うし、そういうのも写真家としてはまったく真っ当なことだと思うよ。彼の作品はキリスト教的な神話の世界観を死体で構築してるわけだけど、神話を撮るためには、もう神を引っ張ってくるというか、神の領域に入るしかないわけだしね。そこまでやる人っていうのは、やっぱりなかなかいないからな。うん、まあやっぱ死体を扱っているっていうことはそういうことなんだよ。

── 釣崎さんは死体に対してドキュメンタリ的なアプローチだと思うんですが、彼らの作品というのは装飾的だと思います。そういうアプローチについてはどう思いますか。

釣崎 いや、俺も最初の頃は死体を動かしてみたりしたこともあったよ。でもね、結局そのまま撮るのがいいって思ったんだよ。やっぱりね、とんでもない死に様っていうのは、俺の想像力を超えてるんだよ。この13年間旅してきて思ったのはさ、一介のアーティストのイマジネーションなんてのは、ほんとにもう、世の中のリアリティーに比べたら米粒みたいなものだなっていうことでね。ツインタワーがあんな風に倒壊するなんてことは、建築家だって想像もつかないことなんじゃないかな。でも実際ああなったわけで。でも表現者としては、そういうレベルに近づく努力はしてるよ。やっぱり凄いところに行けば凄いことがあるもんだと常々実感してるしね。

注3.参考:X51.ORG : 死亡した人間の胎児と鳥の死骸を合体、大問題に スイス
注4.参考:Joel-Peter Witkin / Joel-Peter Witkin - a tribute to a genius
注5.参考:My Trip to the Mutter Museum - 啓蒙する死体群

被写体、あるいは死体への感情

turisaki15t.jpg── 釣崎さんは写真を撮る時に、被写体である死体に対して、感情を移入することってあるんですか。例えば、死体や遺族に同情したり「かわいそう」とか思って写真が撮れない場合とか。

釣崎 無感動が一番怖いんだよ。いくら死体が被写体とはいっても、どうしようもなくそれに慣れてくるのは時間の問題でね。タイ、メキシコのカメラマンはその“慣れ”の感覚を利用することで仕事を続けていけるわけだけど、俺がそれをやった時点でアーティストではなくなるから。逆に毎回気持ちをリセットして死体と純粋に向き合う努力をしなくちゃならない。たとえば、方法論として撮影を呪詛、呪術、儀式の現場としてとらえることもある。念写に近いものがあるよ。そいつ(死者)が写れ、みたいなね。

── 念写ですか。心霊とかそういう意味ではなく写真家としての念写。率直に言うと、釣崎さんの著書を読んだ限り、例えば事故死体に対して同情したり「かわいそう」とか悲壮感みたいな分かりやすい感情移入をすることが、嫌いなのかと思っていました。

釣崎 いや、死体はそれ以上でもなければ、それ以下でもない、っていう言い方をするけど、それは決してドライな言い方をしてるわけじゃなくて、逆に特殊な存在だっていうようにもいえるわけでね。過大に評価するのも失礼というか、過剰に怖れる必要もないだろうと思うし、かといってモノ扱いするのもおかしいだろうと思うし。そういう意味でいってるんだけどね。だからほんとに、俺はファインダーを通して関わるのが基本だからさ、そういう目で見ると、死体ってやっぱりいろんなことを語ってるわけだよ。だからかわいそう、とかっていう一般的な感情移入は、ほんとうに死体が表現してくることのほんの一部分で、むしろマイナーかもしれないと思う。というか、これは受け取る側の問題でもあるか。

── 例えば車に轢かれて顔が粉々になった悲惨な遺体なんかでも・・・

釣崎 ああ、カッケーとは思うけどね。いや、かわいそうだと思ったらやっぱり撮れないよ。

turisaki12t.jpg── あとは、例えば遺体の側で遺族が泣いている場合なんかは、普通に考えて写すのは色んな意味できついと思いますが。

釣崎 そこがタイは凄いところでね、たとえばそれが供養になるからどうぞ撮ってください、っていう態度の人だってけっこういるんだよ。やっぱり雑誌に載るってことは市井の人間にとっては、それが生涯で最も有名になった瞬間というか、そういう考え方もあってね。そういう悲哀はあるけどさ、せっかくそう言ってくれるんだったら、俺もちゃんと撮ろうって思うけどね。

── なるほど。一方の南米はどうなんですか。

釣崎 うん、むっちゃくっちゃ怒ってくる。やっぱり近い家族はもう脱力しきってて怒ってこないけど、まわりの人間がね。コロンビアでは、死体を撮ったからという理由で殺されたカメラマンもいるからね。俺が知ってたカメラマンはマフィアのボスの死体を撮って、逆恨みした手下に撃たれて死んだよ。

── でもタイは違うと。

釣崎 うん、完全にスルーだね。

人はなぜ、死体から目を背けるのか

turisaki4.jpg── 確かに『ジャンクフィルム』の中にも、遺族が死体に抱きついて泣いている傍らで釣崎さんが淡々と写真を撮っているシーンがありましたが、遺族はともかくとして、被写体である死者に対しても、後ろめたさとか罪悪感というのは全く感じないわけですか。

釣崎 死体には何の罪もないしね、撮る側にだって罪はないんだよ。報道カメラマンだって死体たくさん撮るだろう? だから俺が最近思うのはさ、死体っていうのは、それ以上でもそれ以下でもなくて、要するにブラックボックスだから、見る側の、自分を写す鏡だと思うわけ。そこに自分を見ているんだと思うんだよ。だから死体を見ていかがわしいと思う奴は、自分の心が卑しいんだと思う。

── 卑しい、んですか。

釣崎 うん。でもほんとにそう思うんだよ。タイ人は死体のことそういう風に見てないからね。あんなにセックス大国じゃん。で、ネクロフィリアとか大勢いそうなもんだけど、その辺は健康的なんだよな。いや、もちろんいるよ、変態も。でも日本とか欧米より、もっとナチュラルなんだな。

── 釣崎さんは、日本もかつては世界有数のグロ映像大国だったと著書に書いてますが、例えば日本にはネクロフィリア(死体嗜好)の人って多いんですかね。

釣崎 願望を持っている人は多いだろうね。頭でっかちになればなるだけ、そうなるのかもな。

── それは実際には死体を目にしない分、想像だけが暴走しているという意味ですか。

釣崎 死体が自分を写す鏡だっていうのは、それが明日の我が身だからなんだよ。まあ手触りを感じないままに変に情報過多になっちゃってると、そういう当たり前のことを忘れちゃって自分の暗い面ばかりが肥大化しちゃうんだろうね。

── でも法律とかモラル抜きで、根本的な問いとして、人はどうして死体から目を背けたいんですかね。

釣崎 それはもう、DNAに組み込まれてるだと思うんだよ。だってネアンデルタール人だって、人が死んだら土に埋めたりしてるわけじゃん。屈葬で。そんな原初的な人間がさ、見たくないって、死体を埋めるってことは、もうDNAに入ってるとしか思えないんだよな。それはほんとにもう逃れられないことだと思うんだよ。

── 見たくないから、埋めていたと。

釣崎 いや、見たくないし、忘れたいし、それは大事なものだからだろうね。

── なるほど。ちなみに釣崎さん自身は、写真を撮られるのが嫌いだそうですが、自分が死んだらその死体を撮影してもらいたいと思いますか。

釣崎 それは良く聞かれるけど、そういうことを言う資格は俺にはないと思ってるよ。ただちゃんとしたものを残して死ぬっていう、それだけだね。

投稿サイトの死体写真 - Ogrish.comからのオファー

── 釣崎さんが活動を始めたのは90年代前半ですが、その後インターネットではOgrish.com(昨年末に閉鎖)とか、Rotten.comのような海外のグロテスクサイトが人気を博しました。そういうサイトについてはどう思いますか。

釣崎 Ogrishからは電話がかかってきたよ。

── Ogrishから直電ですか(笑)

釣崎 そうそう、深夜3時くらいにいきなり英語でかかってきた。で、いろいろ写真や映像の素材を買いたいみたいなことをいってくるんだけど。お前はどこにいて誰が責任者なんだって聞いても、いまいち要領をえないわけ。というか本人も知らないんだろうなあ。喋ってる奴はドイツ人だっていうし、でもサーバーはカリフォルニアだとか、なにがどことかさ。気味悪いよな。

turisaki10t.jpg── 確かに世界的なネットワークだったみたいですね。ただ、今は買収されてLiveleakという間口広めの動画投稿サイトになっちゃったみたいですが。

釣崎 へえ。でも責任者がいたっていうのが驚きだな。でかすぎて誰も、全貌を把握してなかったら面白いのに。そういえばこれもよくわかんない話でさ、最初はOgrishの奴から2chのひろゆき君に連絡が来てさ、ひろゆき君から「釣崎さんを紹介したので向こうから連絡くると思いまーす」みたいなメールが来たんだよ。つーか、Ogrishの奴らも、ひろゆき君を知ってて俺を知らんつーのはどういうことかって思うよね。

で、結局Ogrishに写真、映像素材を提供して、OgrishMag(注6)で連載、みたいな話になってたんだけど、最後は金の面で折り合わなかったんだよ。あいつらのやり方っていうのは、投稿ネタをとにかく無償でバラ撒くっていうやり方じゃん。そもそもああいう素材はタダだっていう頭なんだから。で、やっぱりグロければグロいほどいいだけで、アートは求めてないから、1枚いくら、1分いくらで売れとかいうんだ。でもそれは違うだろうと。そこで折り合いがつかなくて、結局流れちゃったな。

── Ogrishの映像って、戦場カメラマンなんかも画像や映像を提供したりもしてるんですかね。そういう話は聞いたことありますか。

釣崎 いや、それはないと思う。命がけで仕事をしてるカメラマンが一銭にもならず、名前も残らないことはやらないと思うけどな。投稿するのはほとんど素人というかマニアだと思うよ。あとは、アルカイダとかのテロ組織だよな。

── そこは直接繋がってたりもするんですかね。

釣崎 いや、繋がりはないだろうね。ただそういう勢力がOgrishを利用してるのは確かだよな。でもそのおかげでOgrishは実体を持たないまま大きくなっちゃって、異様な影響力をおよぼす存在になったんじゃないのかな。あの韓国人が斬首された事件とか、あったじゃん。あれなんかさ、日本のグロサイトはみんな気を遣ってサイトに上げないように抑えてたわけ。韓国人のサイバー攻撃ってすごいから。でもさ、Ogrishは映像上げといて、相当攻撃は受けたみたいだけど、1度もダウンせずへっちゃらだったもんな(注7)。あれはさすがOgrishだなって思ったよ。

でもそのOgrishが買収されるってのも薄気味悪い話だよな。要するにもっと上手がいたってことだろ。ああいうサイトの存在意義や可能性を認めるけど、俺のやり方とは相容れないのかなと思う。タダで過激な画像をばらまくやり方はダイナミックで痛快だとは思うけどな。でも俺のやってることはやっぱり芸術のつもりだし、なんていうか、それなりの敬意をもって対してほしいと思うんだよね。

── ちなみに釣崎さん自身は、そういうサイトやネットの死体画像ってよく見たりするんですか。

釣崎 向学のために見るよ。でもまあルサンチマンだよな。そりゃね、インパクトとかエグさとか、物量とかっていう意味でいえば、俺一人の手に負えるものじゃないのは当然。でも悔しいんだよね。

── でも投稿サイトっていうのは、そのOgrishオファーの話もそうですが、別にアートではなくて、結局グロければグロい程いいわけで・・・

釣崎 バラエティーなんだよな。俺の方法論とは違う。

── ただたとえ志とか方法論が違っていたとしても、世間一般から見れば、ぱっと見のグロテスクさで、どうしてもただの「グロ注意」として一緒にされてしまうところってのはあると思います。

釣崎 そういうサイトと俺が一緒くたに見られてるってことは仕方がないと思う。だから、俺は手を抜かないで良質なものをずっと提供していくしかないと思ってる。

注6.Ogrish.comが不定期で発行していたOgrish.comの雑誌版
注7.参考:Ogrish.comが大規模なクラッキング攻撃を受ける

猥褻画像と規制 - クラブきっず事件・メイプルソープ裁判

──  「クラブきっず事件」の影響か、日本でもインターネット上の死体画像を積極的に取り締まるといった話(注8)があるようですが、そういう現状についてはどう思いますか。

釣崎 しかるべく抗議しようと思っている。

── クラブきっず事件の時は色んな(グロテスク系)サイトや出版物が余波を受けたようですが、これまで釣崎さんのところに、クレームとか聴取が来たことってあるんですか?例えば誰かが釣崎さんの写真を見て人を殺したくなった、とか。

釣崎 何にもないんだよ。一度もない。

── なるほど。ただクラブきっずの管理者はグロラボ掲示板(注9)も見ていたらしいので、釣崎さんの事は知っていたと思うんですが。

釣崎 うん。俺のことはもちろん知ってるとは思うけどね。BBSサイトの中で俺が唯一記名して書き込んでたところだったからね。だけどああいう場所っていうのは、さっきもバラエティーだって言ったけどね、味噌も糞も一緒っていうかね。それはしょうがないんだけど、難しいね。

── クラブきっずの場合、管理者逮捕のきっかけは写真を掲載された遺族からの告訴でしたが、法的整備の話の背景には、それ以前に国や政府が死体を見せたくない、という基本的な姿勢があると思います。社会通念的にそのこと自体理解は出来ますが、規制する具体的な根拠というか理由ってどう説明されるんでしょうか。

釣崎 例えば『食人族』はイタリアで裁判をやって最高裁で“猥褻物”っていうお墨付きになった(注10)わけだけども、まあ法律的には猥褻物ということにするしかないだろうね。

── でもポルノならばともかく、死体が猥褻というのが、いまひとつピンと来ないですね。

釣崎 いや、猥褻という意味をどうとるか、という話になるけどね。広くはまあ公序良俗を乱すようなものっていうことになるのかな。まあ昔から言われるけどね。オマンコと死体は一緒だってね。

── <※アップリンクの社員Y氏>ちなみにこの写真集も、うちの社長(アップリンク社長の浅井隆氏)が海外から輸入したときに猥褻物指定されて税関で没収されて、国と裁判になったんですけど。

── ああ、メイプルソープですか(注11)。

── <※アップリンクの社員Y氏>(写真集の男性器を観せながら)なんか色々細かい規定があって、この角度はダメとか真っ正面でこういう風に写ってたらダメ、とかちゃんとあるみたいですね。

── 死体の場合、白骨化した頭蓋骨ならOKで他殺体ならダメ、とかあるんですかね。裸の場合は結構基準が具体的なんですね。

釣崎 そう、わりと具体的。まあマニュアルがないと現場が混乱するからね。引き画ならいいとか引き画でもカラミの“接点”ならダメとかね。俺は海外から帰ると必ず税関で止められて荷物を調べられるけど、『ハードコア・ワークス』や『死化粧師オロスコ』を逆輸入するかたちになっちゃったとき、あれ、ケシ(消し)が入ってないから問題にされるよね。要するにアートなのかどうかが問題なんだと。でも税関にそれを判断する権限なんかないわけでね。でも浅井さん(アップリンク社長)みたいな典型的“反乱分子”だと、税関も意固地になったりとかね。まあ話は変わっちゃったけど、インターネットじゃこんなの止めようもないと思うんだけどな。

注8. クラブきっず事件:小学校教師が事故死した児童の写真を自身が運営する「クラブきっず」に転載し、逮捕された事件。容疑は児童ポルノ禁止法違反、侮辱容疑など。
- 参考:子供の「遺体」「裸」「失禁」 教諭が楽しんだ不気味サイト
- 参考:「動物虐待や死体画像、ワンクリも削除要請へ」:イザ!
- 参考:「クラブきっず」問題|ブログ(仮題)
注9.グロラボ:日本のグロテスク画像掲示板。「くらぶキッズ事件」との直接的関係はなかったが、逮捕された小学校教師が「三度の飯より子供の死体」というHNで頻繁に書き込みを行っていたことを受け、2006年末、活動自粛的な形で閉鎖。
- 参考:グロラボよりお詫び
注10. 参考:Cannibal Holocaust - Wikipedia, the free encyclopedia
注11.メイプルソープ裁判:アップリンク社長の浅井隆氏がロバート・メイプルソープの写真集『Mapplethorpe』を輸入した際、猥褻図画と判断され税関で没収された。後に浅井氏は国を提訴。
- 参考:メイプルソープ写真集税関訴訟のページ
- 参考:修整なんて時代遅れ!? この写真展は司法と警察への挑戦状か?

死体のない国で、夢を見ること

── 釣崎さんは最近もフランスで本を出されたり(注12)、撮影の舞台も海外が中心ですが、日本で死体を撮ることもあるんですか。

釣崎 撮るよ。『ジャンクフィルム』のデビッドもそうだし、新企画として、樹海で1本撮ろうかとも考えてる。

── 日本だとやはり樹海ですか。ちなみに著書の中で、釣崎さんは日本は"死体がない国"と書いていますが、それはどういう意味でしょうか。

釣崎 日本だけじゃないね。先進国は大なり小なりそう。

turisaki13t.jpg── それは何故ですか。

釣崎 アメリカのせいだね。あとね、それから、これは最近ずっと考えてるんだけど、やっぱり・・・現代の死体ってグロいんだよ。現代文明は人間個人が制御できないあらゆる方向のパワーに溢れてる。機械に手を挟んじゃってもがれるとか、日常生活で現代人なら誰しもがそうなる危険と共にあるし、交通事故の死体はあらゆる死に方の中でも特に惨い様相をしていることが多い。ああいう風には、ヒトの手ではなかなかできないよ。20世紀、二度の世界大戦の例を挙げるまでもなく、モータリゼーションの振興によって、世界中の都市のど真ん中でそういう惨いことが集中して起こったりしてるわけじゃない。

turisaki6t.jpg── 死体画像というと、まず政治とかモラルの問題になりがちですが、現代のものはまず生理的にグロいと。死体を見続けている釣崎さんがそう言うのは意外というか、重みがあります。ヴィリリオ(注13)っぽい話ですが、文明世界では機械とか、事故と死体っていう関係それ自体が、タブー化されている気もします。六本木ヒルズの回転ドア事故にしても、エレベーター事故にしても、語ってはならないというか。

釣崎 うん。現代の死体がグロいのは否定しようがない。だから、それは普通に見せたくないんだよね。それはもちろん戦争とかモータリゼーションとか、そういう死をもたらした政治経済的要因の論理でも隠蔽せざるをえないし、また生理的にも見たくないんだよ。

でも僕らはそれを超えてなおかつ夢を見ないといけないと思うわけ。なかなか難しいとは思うけど。じゃないと、人類はここでおしまいだって思うんだよな。

巨大な人間粉砕機 - タイという国の"強さ"

turisaki14t.jpg── 釣崎さんはこれまでタイを何度も取材されてたり、以前の著書でも、十年前の急成長するバンコクの状況を「巨大な人間粉砕機」と例えた上で、そこで生きている人々の姿を描いていましたが、タイはそれを超えていると考えているんですか。『ジャンクフィルム』では、子供が平然と腐乱死体の処理をしたり、若い女の子が(携帯電話のカメラで)ズラっと並んだ頭蓋骨を無邪気に撮影しているシーンが特に印象的だったんですが。

釣崎 そう、タイっていう先例がある。ほんとね、最初は俺、タイ人のことが嫌いだったんだよ。いい加減でさ。まあいい加減さで言えば、中南米の人も相当なんだけど、メンタリティが俺は中南米の方が合ったからさ、でしばらく中南米ばっかり通ってたんだけど、でもやっぱ(死体の)数はタイの方が圧倒的に撮れるから行くわけ。だから定期的にはタイに行ってた。

turisaki7t.jpgで、東南アジアと中南米を行ったり来たりして活動してきて、一時タイはもういいや、なんて思ってたんだけどさ、ここ最近は、タイほどユニークでパワフルな国もないな、と思うようになってね。中南米はここ最近は完全にグローバル・スタンダードに呑み込まれて死体の文化が存続の危機に瀕してるんだよ。だけどタイは、まあ、変わんないんだよ。もちろんいろんな微調整はあるけど、基本的にあんまり変わんないんだよね。だってさ、大学病院でさ、凶悪犯の死体のミイラを晒してるんだよ。

── シリラート病院のことですか。

turisaki9t.jpg釣崎 そう。それは悪いことをしたからこうなるのだ、っていう(注14)民族の宗教観が反映してるわけだけど、大学病院っていうアカデミックな場所でそれが出来るっていうのは、ものすごい強さだよ。古典的だとか保守的だとかいうことじゃなくて、揺るがない精神性っていうことなんだよな。日本だってほんの10年ちょっと前まではショックメンタリーを愛好して、量産してもいた国だったわけだけどさ、今は日本に俺1人しかいないわけでさ、いや世界でも1人ぼっちか。だからそういう意味では俺はもちろんプライドがあるよ。俺なりのやり方で表現の自由のために戦って、忌々しいグローバル・スタンダードを打破していきたいと思ってるよ。

── 釣崎さんには具体的なゴールとかってあるんですか。死体に関してはこのくらい撮ったら終わりとか。

釣崎 近い将来、劇映画を撮るつもりだけどね、でも死体写真は一生撮り続けるよ。


注12.Amazon.fr : Re've'lations: Livres: Tsurisaki Kiyotaka
- Amazon.fr : Requiem de la rue morgue: Livres: Tsurisaki Kiyotaka
注13.アクシデント 事故と文明 - ポール・ヴィリリオ
注14.バンコクにあるシリラート病院内の法医学博物館には、五人の子供を殺して食べたシーウィーという男の直立したミイラが展示されている。

釣崎清隆残酷短編集『ジャンクフィルム』

junkjucket.jpg■「『ジャンクフィルム』は死者と生者の宿命に焦点を当てる事で、人間存在の何たるかに迫ろうと試みている。世界は個人が絶望するにはおこがましいほどの多様性に満ちている。 10年前の自分には、まずこのような作品は撮れなかったと思う」。ー10年以上にわたって世界中の無法地帯、紛争地域の死体現場を取材してきた釣崎清隆が20世紀最強最後の残酷ドキュメンタリー巨編『死化粧師オロスコ』に続いて送るのは、未発表素材を含むオリジナル蔵出し映像で構成した13の短編作品集である。タイ、コロンビア、ロシア、パレスチナ、インド、そして日本で撮影されたそれぞれの生と死のエピソードは、衝撃を超えてあなたの心を打つ。生者と死者の宿命、人間存在の強さと弱さ、そして尊厳と誇り、信仰の尊さ、信念の力、殉ずるということ、観る者に生と死の核心を問い、突きつける異色の残酷世界。

"どうか目を背けないでほしい。死者の尊厳を守れるのは他でもない、生き残ったあなたしかいないのだから"  ――― 釣崎清隆

- Amazon.co.jp : ジャンクフィルム [釣崎清隆残酷短編集]
- アップリンク : 『ジャンクフィルム』上映・トークイベント情報他

釣崎清隆 プロフィール

1966年富山県生まれ。慶応義塾大学文学部卒。高校時代に自主映画制作をはじめ、大学卒業後、AV監督を経て1994年からは写真家としても活動。ヒトの死体を被写体にタイ、コロンビア、ロシア、パレスチナ等、世界中の無法地帯、紛争地域を取材、1995年には池尻大橋NGギャラリーで初個展。一方、映像作品として1999年、コロンビアで制作に3年を費やした残酷ドキュメンタリー『死化粧師オロスコ』を完成、2000年に公開。2001年モントリオール映画祭、シネマ・オブ・トゥモローに選出される。2006年、フランスIMHO/DWW社からアンソロジーとなる写真集2冊『REVELATIONS』、『REQUIEM DE MORGUE』が出版された。釣崎がこれまでに撮影した死体は1000体を下らない。世界で最も死の現場に立ち会っているアーティストである。

- 釣崎清隆オフィシャルサイト: TSURISAKI.NET
Posted by : X51 | 2007年07月26日 18:33
HOME > ART > Article
SEE ALSO
POST A COMMENT









※名前、メールアドレスを保存しますか?

※エラーが出ても投稿されているので送信は一度でOK。
※名前欄が未入力の場合NONAMEに置き換えられます。
※コメント内のリンクは自動的に[URL]に置き換えられます。
※2006/03現在、コメントの受付を停止しております。
ご意見・ご連絡等はこちらへ







Back to TOP ▲
HOME | EARTH | ANIMA | ANAL | ENEMA | FILES | CONTACT | RSS
2003 - 2010©X51 RIGHTS RESERVED.